萩尾望都,レイ・ブラッドベリ 「霧笛」

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ウは宇宙船のウ (小学館文庫)ウは宇宙船のウ (小学館文庫)
(1997/08)
萩尾 望都

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マンガというものはほとんど読まないのですが、この本だけは特別。
タイトルを見てピンと来る方もいらっしゃるでしょう。そう、この本に収録されている短編は全てブラッドベリが原作なんですねー。

と言っても一冊丸ごと一生懸命読んでいるわけではなく。
とにかく好きなのが「霧笛」であります。その中でもある一節が特に。

「霧笛」に出会ったのはかれこれウン年前。高校の文化祭のクラス演劇でやった「半神」が最初でした。「半神」というのは萩尾望都原作、野田秀樹脚本の芝居であります。
脚本そのものも良いのですが、なかでもとりわけ、引用されている詩らしきものが素敵だった。その“詩らしきもの”がブラッドベリの「霧笛」の一節だったのです。

さて高校を卒業し、しばらく経ってもあの「霧笛」の一節が心に残っている。これは原作にあたってきちんと鑑賞しなくては!と思い立って探してみたのですが、まず見つけたのはハヤカワ文庫『太陽の黄金の林檎』に収録されているものでした。さっそく読んでみると、記憶に残っている文章と違う。訳者は小笠原豊樹。この人ではないらしい…。

そしてまた捜索の日々は過ぎ。「半神」は萩尾望都が原作、そういえば同氏がブラッドベリをマンガ化していたような?と、本屋を巡ること数件、ようやく見つけたのが、小学館文庫『ウは宇宙船のウ』。裏表紙には「霧笛」の文字。しかし立ち読み防止のためパックされているこの本は中身を確かめることができない。むむむと唸りつつ買ってみる。外に出て喫茶店に入り、さっそくページをめくってみると、そこには。

 ある日 男がひとりやってきて
 その岬のどよめく陽のささぬ浜辺に立ってこういった

 「この海原ごしに呼びかけて 船に警告してやる声がいる その声を作ってやろう
 これまでにあったどんな時間 どんな霧にも 似合った声を作ってやろう

 たとえば夜ふけてある きみのそばのからっぽのベッド
 訪うて人の誰もいない家 
 また 葉の散ってしまった晩秋の木ぎに似合った
 そんな音を作ってやろう…

(萩尾望都 「霧笛」より)

 

これは灯台守のマックダンが、後輩に作り話を聞かせる場面。
この美しい言葉たち。私が捜し求めていたものがそこにはありました。

しかし、これは誰の訳なんでしょうね?萩尾氏ご自身なのでしょうか。だとしたら凄いなぁ。ブラッドベリの作品全てを訳し直してほしいくらい、素敵です。

ちなみにハヤカワ文庫の小笠原訳だとこんな感じ。

「その昔、ひとりの男がやって来て、陽のあたらぬ冷たい岸辺に立ち、大海原のとどろきのなかで、こう言った。『この水を超えて、彼らの船に警告する声が必要だ。わたしはそういう声を作ろう。あらゆる時間と、あらゆる霧を一つにこりかためたような声をつくろう。夜もすがら、きみのかたわらにある空っぽのベッド、きみがドアをあけても誰もいない家、葉の落ちた秋の樹木、そういう声を作ろう…

(小笠原豊樹訳 「霧笛」より)



改行の仕方で読みやすさも変わるかとは思いますが、言葉の選び方の違いは一目瞭然かと思います。
同じテキストを訳しても、訳者によってかなり差が出るのですね。もちろん好みの問題でもあるので、どちらが良いとは言いませんが。

えー、長々と書いてまいりましたけれども。
「霧笛」自体も好きな作品です。興味を持たれた方はぜひ萩尾訳でご一読を。引用部分の先にもまだ続きますので。
「半神」も好きなのですが、これは舞台版で観てほしいかなぁ。初演は夢の遊民社、のちにNODA・MAPが公演しているんだけれども…DVDは見つからないなぁ。残念。

そんなわけで、今回はかなり個人的な趣味の紹介をしてしまいました。この「霧笛」の一節は、私の中では最高の名文だったりします。長くなるのも仕方ないね!
と言いわけをしつつ。最後まで読んでくださった方、ありがとうございましたっ。

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